|寂《じゃく》ニ内|揺《うご》クハ、繋《つな》ゲル駒、伏セル鼠、先聖《せんしょう》コレヲ悲シンデ、法ノ檀度《だんど》トナル……」
 弁信が物々しく、あらぬ方に向って拝礼をしました。

         五

 こうして、二人は前後して歩きつつあります。
 本来ならば眼のあいた米友が先導をして、眼の見えない弁信がこれに従って行かなければならないのですが、この場合、絶えず弁信が先に立って、米友がついて行きます。言わず語らず、その超感覚に依頼しているものでしょう。
「だがなあ、今夜ここんところは静かだけれど、世間一体が静かというわけにゃいかねえなあ、江戸は江戸で貧窮組が出る、押込み強盗がはやる――辻斬りもたまにはある」
 これは、この男の生々しい体験でありました。
「近江の国へ来て見れば百姓一揆《ひゃくしょういっき》がある、京都へ行けば行くで、また血の雨が降ってるというじゃあねえか、どっちへ廻っても世界は騒々しいのが本当で、今晩ここんところだけが静かだと言って、お前の言うように、目にめえ[#「めえ」に傍点]る世界が静かで、目にめえ[#「めえ」に傍点]ねえ世界が騒々しいんだとばかりは言えなかろ
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