騒がしいと申しますのは、つまり、天が下に住む人間畜生から、山川草木に至るまでが、みんな動揺しているから、それで騒がしいんでございましょう。ところが、今晩は風も吹かず、雨も降らず、この通り静かなのに、天下がいったいに騒がしいとは、何を証拠に米友さん、それを言いますか」
「何を証拠ったって、お前《めえ》、裁判官じゃあるめえし――」
米友が、そこで時代ばなれのした裁判官を引合いに出さなければ、そろそろ受けきれない事態に追い込まれて来たことがわかります。さりとて、弁信は、ソクラテス流の産婆術を以て、米友を苦しめんがために検問をかけたのではありません。自分の喋りまくる順序としてのプロローグに過ぎないのですから、直ぐに取ってかわって言いました、
「つまり、目に見える世界が騒がしいのではなく、目に見えない世界が騒がしいから、それで、なんにも知らぬ米友さんの心耳《しんじ》をさわがしてしまうのです、どんな静かなところへ置いても、この心の騒々しさは癒りません、その反対に、どんな騒がしいところへ置きましても、心が安定しておりますと、その静寂を乱すものはないのでございます。真常流注《しんじょうるちゅう》、外
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