なことを思いやって、ひとり真暗な御簾の間にくすぶっていたが、宵《よい》が過ぎると、この通りの追払われもの、振られて帰るという里の合言葉があるそうだが、追われて帰るんだ。だが、追われるはいいが、その帰り先がわからん、心細い次第のものだ」
さらさらと、少しかすれた声で淀《よど》みなく言ってのけて、自ら嘲るようにも聞えたから、轟の源松が、
「いえ、どう致しまして、追い立てるなんて、そんな失礼なことを致す里の習いではございません、おそそうがあってはいけないから、お宿もとまで確《しか》とお送り申し上げろと、わざわざわっしを、あとからせき立てて、よこしましたくらいなんですから」
「いずれにしても御苦労な話だが、御苦労ついでに、その拙者のお宿もとというやつをひとつ心配してくれないか、わしは今晩ドコへ行って宿《とま》ったらいいか」
「御冗談じゃございません、おれの行くところはどこだと交番でお聞きになるは、篠山《ささやま》の杢兵衛《もくべえ》さんに限ったものです、あなた様などの御身分で、めっそうもない」
「何はともあれ、島原は源平藤橘を嫌わないところだ、金さえあれば、王侯も、乞食も、同じ扱いをする里で
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