いのだよ――実はな、拙者も久しぶりで京の地へ足を入れた最初の晩がこれなんだ。そうさなあ、もう何年の昔になるかなあ、たった一晩、島原で遊んだ風味が忘れられないで、京へ着くと第一の夜が、それあの里さ。尤《もっと》も、おれが好んで第一にあの里へ足を入れたというわけではない、途中、要らざる出しゃばり者が出て来て、おれをあの里へつれ込んだ、下地は好きなり御意はよし、というところかも知れない。その出しゃばり者とは、まず旧友といったようなところかな、そいつが二人も出て来て、そぞろ心のついている拙者を、あの里へ引張り込んだはいいが、おれを真暗な行燈部屋《あんどんべや》、ではない、御簾《みす》の間《ま》といって、相当時代のついた別座敷へ、おれを抛《ほう》り込んで置いたまま、その二人の奴が容易に戻って来ない、いやに旧友ぶりをして見せはしたが、実は薄情極まるものだ。だがまた、一概に薄情呼ばわりもきつい、あいつらも皆、今日あって明日の知れない命を持っている奴等だから、おれをあそこへ案内して置いて、久しぶりで大いに遊ばせようと思って、外へ所用を済ませに出たのが、万一、その途中、不慮のことでも起って……まあ、そん
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