場を見て、挙動不審で拘引を試みようと思った旅のやくざ者を、上手の手から洩《も》らして、ちょっと歯噛みをさせられたにしてからが、その執念のために、京都から進入して、もっぱらこれが追跡に当るほどのことは想像されない。
何か、もっと大きい使命があって、その利腕を見込まれたればこそ、京の天地へかく身をやつして、当時、血の花の咲く島原界隈に網を張っているものと見なければならない。
この晩方、ひとり、島原を追い立てられたこの怪しの客に、何か見るところがあればこそ、お宿もとまでお送りを名として、近づいて来たことに相違ないとすると、そうなってみると、前の長身の客が、ははあ、送り狼と冷笑したのも、あながち、からかいの言い分ではない、転べば食うのである。いや転ばなくても、次第によっては転ばせて、捕縄《とりなわ》に物を言わせる凄味《すごみ》の相手であることは、つい今頃、送られる身になって、ぴーんと来ていない限りはないのだが、草津の駅でがんりき[#「がんりき」に傍点]を咎《とが》めたように、頭ごなしに咎められない。がんりき[#「がんりき」に傍点]を引捕ろうとするような、待ったなしの出足では近寄れない、相手
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