せたが、それ以上、火花も散らず、ともかくも、形は送りつ送られつの形で、道はようやく木津屋橋まで差しかかった時分、
「いったい、お宿もとはどちら様でござんしたかなあ――どちら様へお越し?」
送り狼もどきの頬かむりが、改めてここでお宿もと、お宿もととつきとめにかかるのが、うさんで、しつこく、からむようにも聞きなされるが、前のはいっこう平気で、
「こちらの宿もとをたずねるより、お前の方で名乗るがいい、何のなにがしと名乗ってみろ」
「何のなにがしと名乗るような、気の利いた奴《やっこ》ではございませんが、轟《とどろき》の源松と申しまして、東路《あずまじ》から渡り渡って、この里に追廻しの役どころを、つとめておりまする」
轟の源松、聞いたような名だ。おお、それそれ、御老中差廻しの手利きだと言った、長浜の町で、宇治山田の米友を捕り上げた男。あれが、やがて、農奴として曝《さら》しにかかって、草津の追分につながれた時分、往来の道俗の中から、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百を見出して、こいつ怪しいと捉まえにかかったが、それは片腕のないためと、両足の有り過ぎるために、おぞくも取逃した、あの有名な捕方の
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