年ばえの子がいたら出せと頼んだが、今晩は、子供さんを買切りのお客があって、あいにく一人も子供さんがありませぬ――とかなんとか挨拶しおったわい。いかにも残念千万――怪しからん、子供の買占めとは怪しからん、つれて来いと怒鳴ってやったが、子供の方から押しかけて来てくれたとは何より、なんの、座敷を替えて遊ぶ必要は更にない、遠慮なくこの席へ入ってお遊び」
夢うつつの境で、こう明瞭に言いましたから、村正どんの足が釘附けられました。
人を人と認めて申し出たわけではない、相変らず天井を仰いで、掌を頭の後ろに組んで、眼はじっくりと塞いだままで、こう言うのですから、正気か囈言《たわごと》かの境がいよいよ怪しいものになってくる。すでに、相手の人見知りをして、かかわり合いを怖れたから、こっそり立退きをしようと期していたところとて、看過されて、ついに先方から注文をつけられてみると、それを振切るのがまた一つの仕事になってくる。
触《さわ》って祟《たた》るほどのものならば、心あっての申込みを拒んだ日にはまた事だ、酔漢といえども底心《そこしん》のありそうな奴だ、何とか適当の挨拶をしないと引込みが悪かろう、と村正氏は、立去りもし兼ねて悩みました。
二十五
「いや、どうもたあいのないことで、お騒がせして相済みませぬ」
村正氏は、それをあっさりと仕切って引上げようとするのを、爛酔の客は放しませんでした。
「そのたあいのないことが至極所望、毒のあることはもう飽きた、子供と遊びたい、遠慮なく子供たちをこれへお通し下さい、どうぞ、お心置きなくこの部屋でお遊び下さい」
「いや、なに、もう埒《らち》もないことで、みんな遊び草臥《くたび》れたげな、この辺で御免を蒙《こうむ》ると致そう」
村正氏が、なにげないことにして逃げを打とうとすると、爛酔の客が、存外|執拗《しつよう》でありまして、
「しからば、貴殿だけはお引取り下さい、子供たちは拙者に貸していただきたい」
「いや、そうは参りませぬ、子供たちだけを手放して、拙者ひとりが引上げるというわけに参らんでな」
「ど、どうしてですか」
「どうしてという理由もないのだが、子供を監督するは大人の役目でな」
「子供を監督――ではあるまい、貴殿は子供をおもちゃにしている」
「何とおっしゃる」
「世間の親は、子供をよい子に仕立てようと苦心している、君はその子供を弄《もてあそ》び物にして、なぶり散らしている」
「何を言われるやら、拙者はただ、子供を相手に無邪気な遊び――」
「なんとそれが無邪気な遊びか、成熟した女という女を弄んで飽き足らず、こんどは何も知らぬ娘どもを買い切って、これを辱《はずか》しめては楽しむ、にくむべき仕業だ」
「いや、長居は怖れ、これで失礼――」
前後不覚に酔いしれていると思うと、なんでも知っているらしい。知ってそうしてワザとこだわるのか、知らずして無心に発する囈語の連続、とにかく、イヤな相手である、振り切って退散するに如《し》かずと、村正氏は兵をまとめにかかると、爛酔の客は、すさまじい笑いを発しました。
「は、は、は、逃げるな、逃げるとは卑怯だよ、さだめし貴殿は、これがあるから、これが目ざわりで、子供たちを遠のける、こんなものは――」
と言って、今まで押えつけたように仰向けの姿勢を崩さなかったのが、急にその頸にしていた一方の手を引抜いて、枕頭の大小の下げ緒を引いたと見ると、それを無雑作《むぞうさ》に引寄せて、カラリと一方の方に投げ出してしまいました。
「子供と遊ぶに、こんなものは要らぬ、さあ、どちらへでもこれはお片づけ下さい、こうして席を広くして、子供を存分にこれで遊ばせて下さい」
「いや、その儀にも及び申さぬて」
村正氏は、つかぬ事を言って、とにかく引上げが肝腎だと思うが、無気味なことには、動けないのであります。別段、そくいづけを食っているわけではなし、抱きすくめられているわけでもなし、衣の裾の一方を押えられているわけでもないのに、動こうとして動けない、立直ろうとして、いよいよ足がすくむ思いがする。
というのは、こう、しゅうねくからんで来られる客の意志を、無下《むげ》に振り切ると必ず反動がある、相手が相手だけにその反動が、またどんな騒動を呼び起すまいものでもない。この手の客はトカクはなれていけず、ついていれば御意の召すまで引きつけられてしまう。簡単な相手のようでかえってうるさい――村正氏は、ようやく何かにからみつかれる思いをしました。
だが、一方の爛酔の客は、ちっともその座を動くのではない。今の先、両刀を投げ出してみたばっかりで、忽《たちま》ちまた以前のように仰向けの不動の姿勢になり、その両掌をぼんの凹《くぼ》で組合わせていることはかわりません。
この酔客は前に言う通り、酔って紅
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