て胸に一致していたのを、一人が代って口に出したものですから、まず異口同意といったようなものです。
 異口同音に舌を捲いての感歎によってもわかる如く、およそこれらの連中が見て、舌を捲いて、やりもやったなアと沈黙せしめられたるくらいだから、相当なにか外で行われたに相違ない。猫を一匹投げ殺して、娘が三日寝たという程度の仕事では、これらの連中の神経は動かないことになっている、その神経を、かなり最大級に刺戟した事件が外で行われたことの現場を、この連中は現に見届けて来たればこそ、ここへ来て、まず舌を捲いて、あっけに取られているに相違ない。
 しからばこの連中をして、かく舌を捲かして唖然《あぜん》たらしめた外の出来事の性質は何かというに、やはり、今のその感歎詞を分析してみると相当当りのつくことで、先夜の池田屋斬込みよりも、これはまた一段の修羅場だ――という一句によって推察せられる如く、先夜の池田屋斬込みに幾倍する凄惨《せいさん》の場面が、この京洛の一角のいずれかで展開せられたに相違ない。
 その比較に取られた池田屋騒動は、三条小橋の旅宿、池田屋惣兵衛方に集まる長州、肥後、土佐等の、勤王方の浪士の陰謀を探知した新撰組が、隊長近藤をはじめ精鋭すぐって出動し、一網打尽にこれを襲撃して、七人をこの場で斬殺し、四人に負傷せしめ、二十二人を召捕った大捕物、というよりは小戦争に近い乱刃であった。近藤勇の名を成したのはそもそもこの時からはじまったと言ってよい。時は元治元年の六月五日。
 これはいわゆる勤王方に対する、幕府の手先としての新撰組の正面襲撃であったが、後の高台寺|鏖殺《おうさつ》は、朝幕浪士の争いとは言えない。そのバックには幾つの影があるにしても、もとはと言えば、みんな同じ釜の飯を食った仲間の同志討ちであった。
 近藤勇方の手によって殺された伊東甲子太郎も、以前は同じ新撰組の飯を食ったもので、それが御陵衛士隊になって分裂し、新撰隊長近藤勇に隠然として対峙《たいじ》する御陵衛士隊長伊東甲子太郎が出来上ったとは前巻に見えたし、伊東が近藤の謀計で誘《おび》き寄せられて、木津屋橋で殺された顛末も前冊にあるはず。伊東を殺したのも、芹沢を殺したのも、近藤の手であることには相違ないが、その殺され方の性質が違っている。芹沢は兇暴にして、隊長の威信を傷つくるが故に殺された。伊東は全然諒解を得て新撰組を離れたのだが、離れたその事の裏にすでに危機が孕《はら》んでいる。両虎相対して無事に済まない種が蒔《ま》かれている。表は立派に名分と理解とによって分れたのだが、内心の決裂は救う由なきことは申すまでもない。近藤の内命を受けて間者の役をつとめたのが斎藤一、御陵衛士隊長の伊東と、薩州の中村半次郎とが気脈を通じて、近藤勇暗殺の計画が熟していることを斎藤一が探知して、これを近藤に報じたから、先手を打って近藤が伊東を誘殺したのであった。単に伊東一人を殺しただけでは納まらない、根を絶ち、葉を枯らさずんば甘んずることをしないのが近藤の性癖である。そこで斬捨てた伊東の屍骸《しがい》を白日の下《もと》に曝《さら》して、残るところの隊士の来《きた》り収むるを待った、来り収むるその機会を待って、その来るところのものを全部、隊長と同様の運命に会わせようとするのもくろみであった。
 果せる哉《かな》、変を聞いた御陵衛士隊勇士の一連は、甘んじてその網にひっかかりに来た。みすみす新撰組のおびきの手と知っても、往きゆいてこれを収めざれば隊士の面目に関する。
 そこで、隊士中の錚々《そうそう》、鈴木樹三郎、服部武雄、加納道之助、毛内有之助、藤堂平助、富山弥兵衛、篠山泰之進の面々が、粛々としてこれに走《は》せ向った。いずれも武装を避けて素肌で赴いたのは不用意ではない、特に覚悟するところが有ったからである。行けば当然、新撰組の伏兵が刃《やいば》を連ねて待っていることはわかりきっている、そうしてどのみち、新撰組を正面の敵に廻した以上は、衆寡敵せざることもわかりきっている、従って行く以上は斬死《きりじに》のほかに手のないこともわかっている、すでにその覚悟で行く以上は、未練がましい武装は後日の笑いを買うのおそれがある、むしろ素肌で一期一代《いちごいちだい》の腕を見せて終るの潔きに越したことはない。そこで、いずれも武装はしなかったが、ひとり服部武雄だけが思うところあって武装した。
 かくて七人の壮士が、粛々として木津屋橋さして練って行くと、果して、皓々《こうこう》たる月明の下に、隊長の惨殺屍骸は、人の来《きた》って一指を触るることを許さず、十字街頭に置き放されたままで、ほしいままに月光の射し照らすに任せてある。
 彼等の悲歎と慨歎は思うべしである。そこで隊長伊東の屍骸を取り上げて、これを釣らせて来た駕籠《かご》の中に
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