彼等もズルイ、急に沈黙を守り出して、木と、茅《かや》と、石と水との中に没入し、人をしてその痕跡を認めしめない芸当は心得ていたようです。
揚雲雀《あげひばり》というものは、中空高く囀《さえず》りつつ舞っているが、己《おの》れの巣へ降り立とうとする時は、その巣より遥かに離れた地点へ着陸して来て、そこから麦の株や、畦《あぜ》の間を、若干距離のあいだ潜行して来て、はじめて己れの巣にありつくものだが、この二人の壮士も、その鳥跡に学ぶところあって、川渡りの地点は巣に遥かに遠いところであったが、そこから橋の袂の元巣までたどりついた間の行動は誰にもわかりません。
しかしまた、上手な雲雀取りは、右の雲雀の着陸点をまず認めておいて、そのあとをひそかに追ったり、前路を考えて、これを要したりすることもあるように、轟の源松も、いったんは橋から河原へ飛び下りたが、それより後の行動は、月にも水にも知らせません。しかし、程経て、二人の壮士は橋の袂の穴っ子へ到着しました。
その橋の袂の穴っ子こそ、彼等の住所であって、その先祖をたずぬると、大燈国師伝以来の由緒のあるところです。二人がこの穴っ子へトヤについてしまった頃を見計らい、外でそろそろと網を張っているものがあります。言わずと知れた轟の源松で、もうこうなればこっちのものと、網を張りながら、ニタリと笑って橋の上を見上げました。
橋の上の一方に待たして置いた送り狼は、いかにと見上げたものでしょうが、前に言う通り、この男の要求通りに、馬鹿な面《かお》をして、橋の上に待っていなければならない義務も責任もないことは、先方よりこちらがわかっているから、二兎を追うことはできない道理だから、一方は一方で一時は取逃がしても、やむを得ない。比べてみると、こちらの番《つが》いの獲物《えもの》の方が実入《みい》りがありそうだ。あれはあれで、出直して突留める分には、相手が不自由な身だから手間ヒマはいらないはずだが、芹沢鴨を名指したり、伊東や近藤とも相当|面馴染《かおなじみ》があるらしいところを以て見ると、ただの鼠ではないが、新撰組や御陵士頭に属するほどの者でないことは、その言語挙動でわかりきっている。当座の口実に、新撰組や御陵士頭の名を仮りてみるだけのもので、最後に突きつめたお宿許の名乗りに、高台寺月心院の名を指したが、それとても、果して月心院で受けつけられるかどうかわかったものではない。とにかく、島原の行動と言い、その後の応対と言い、捉まえどころが有るようで全くない。これまた近ごろの珍しい獲物だと、源松はほほ笑みながら、近いうちに手の内を見せてやると、いささかの得意で橋の上を見上げると、どうでしょう、命じて置いた通りの地点、欄干を背にしたところに、たしかに待っている。よもやと眼を拭って見直したが、間違いがない。
やあ、やっぱり、世界には馬鹿正直な奴がある。源松を源松とちゃんと心得ているはずなのに、馬鹿な面をして、ああしておれの帰るのを待っている。呆《あき》れたものだと、源松も口をあいてしまいました。
だが、待てよ、一概に馬鹿正直扱いもできますまい。真実あれは眼が見えないのだから、意地と場合で島原をひとり抜けをして出て来たが、出てみれば、西も東も動きの取れない身なのだ。そこへ、おれがぶっつかったものだから、しらをきって挨拶をしながらも、実はおれを頼りにして、引廻されるふりをして引廻すつもりで来たのかも知れない。送り狼と知りつつ、送らせるところまで駕籠賃《かごちん》なしで送らせて、どろんと消えるつもりか知らん。一枚上を行った図々しさだか、また事実、ひとりでは動きが取れないから、ああしてこの源松の帰りを待っているのか、なんにしても微苦笑ものだと源松は呆れたのだが、こうなってみると、自分もまた、悧口《りこう》なようで、なんだか馬鹿にされている、上手な猟師のつもりで、一方の兎を思いきって、一方だけ確実に手に入れる策戦に出でたことの思いきりを、我ながら腕前と信じていたのが、ここへ来て見ると、獲物はやっぱり二つで、猟師は自分一人だ、獲物をせしめたと思った猟師が、かえって獲物にせしめられているような感じがしないでもない。
そこで、源松としては、またしても、橋上と橋下と二つの方面に、一つの注意を張らなければならない。ロシヤと手を握って英国に当る策戦の裏をかかれたような気持がしないでもない。
そこで、張網の地点から、二つの方面に注意を向けていると、またも意外、こちらはいま巣へもぐり込んだばっかりの二人のお菰《こも》が、相変らず剣菱《けんびし》の正装で、のこのこと這《は》い出して来ました。
三十五
おやおやと見ているうちに、頭にいただく鍋釜は穴の中に安置して置いたと覚しく、手ぶらで、第一公式のお菰をひらつかせて、の
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