にして、仲よく枕を並べてお寝み――」
「はい、お寝みなさい」
「お寝みなさい」
 言われた通りに彼等は、きゃっきゃっと言いながら帯をとり、上着をとって、襦袢一枚になって、はしゃぎ廻っている。
 この連中は、ある程度までは客の言うなり次第になるべく仕込まれてもいるし、また、身の防衛本能から言っても、命から二代目の衣装飾りというものを犠牲にして、ゴロ寝をするようなぶしつけはない。
 割信夫《わりしのぶ》、針打《はりうち》、花簪《はなかんざし》の舞子はん十何人、厚板、金入り繻珍《しゅちん》の帯を外《はず》し、大振袖の友禅を脱いで、真赤な襦袢一枚になって、はしゃぎ廻っている光景は、立田の秋の錦と言おうか、吉野の花の筏《いかだ》と言おうか、見た目もあやに、高嶺《たかね》の花とは違ったながめがある。
 さすがに村正《むらまさ》どん、その風情《ふぜい》を興がって、眼を細くして、前の酔客の形を真似《まね》でもしたように仰向けになってながめ廻していたが、さて、どんなものだと、壁際へ避けた件《くだん》の酔客の姿を見ると、相変らず長身を延ばしたっきり、肱杖《ひじづえ》をついて、じっとこっちを見ているにはいるが、眼を開いていないこと前に同じ。
 やっぱり気取っていやがるな、眼をあいて見い、眼をあいて、この未開紅の花を前後左右に置き並べて、色気なしに眠ろうとする、おれの風流をちっと見習え――こうでも言ってやりたいくらいだが、眼のあかない奴には手がつけられない、とテレ加減のところへ、
「お待遠さま」
 そこへ、山の如く甘いもの、フカシたての薩摩芋、京焼、蒸羊羹《むしようかん》、七色菓子、きんつば、今川焼、ぼったら等々の数を尽して持込まれる。
 それから暫く、眼を見合わせて遠慮をしている時間を除いて、やがて、甘いものに蟻がつき出すと、みるみる餅菓子の堤がくずれて、お薩の川が流れ、無性《むしょう》によろこび頬ばる色消しは、色気より食い気ざかりで是非もないことです。

         二十七

 食い気の半ばに村正どんは、次のような話をしました。
「昔々、京の三条の提灯屋《ちょうちんや》へ提灯を買いに行きましたとさ、提灯を一張買って壱両小判を出しましたが、番頭さんがおつりをくれません、もしもし番頭さん、おつりはどうしたと言えば、番頭さんが言うことには、提灯に釣がねえ[#「がねえ」に傍点]」
 だが、この落ち[#「落ち」に傍点]は、舞子たちにあんまり受けませんでした。というのは、かんじんの、釣がねえ[#「がねえ」に傍点]のねえは、江戸方面の訛《なま》りで、関西では同様の格に用いない。
 そこで、まず御座つきは終った、それからあとが大変なのです。
 十余人の舞子部隊に命令一下すると、「くすぐり合い」の乱闘がはじまったのは――
 甲は乙、乙は甲の、丙は丁の、咽喉の下、脇の下、こめかみ、足のひら、全身のドコと嫌わずくすぐって、くすぐって、くすぐり立てる。甲からくすぐられた乙は、甲へやり返すと共に、丙の襲撃に備えなければならぬ。丙は乙に当ると共に、丁戊《ていぼ》の側面攻撃を防禦しなければならぬ。己《き》と戊《ぼ》とが張り合っている横合いから丁が差手をする。そう当ると庚《こう》と辛《しん》とが、間道づたいに奇襲を試みる。甲と丙とは、自分の身をすくめながら両面攻撃をやり出すと、丁と己とは、その後部背面を衝こうとする――いや、十余人が入り乱れて、くすぐり立て、くすぐり立て、その度毎に上げる喊声《かんせい》、叫撃、笑撃、怨撃は容易なものではない。千匹猿を啀《か》み合わせたように、キャッキャッと、目も当てられぬ乱軍であります。
 御大将の村正どん、無論、総勢を引受けて、ひるまず応戦すると共に、折々奇兵を放って、道具外れの意外の進撃をするものですから、そのたびに抗議が出たり、復讐戦が行われたり、その揚句は計らずも聯合軍の結成を誘致してしまいました。唯一の大人、大人のくせに卑怯な振舞をする、乱軍の虚を狙《ねら》っては道具外れ、くすぐるべき急所でないところをくすぐるのは国際法に反している、こんな卑怯な大人からやっつけなければ、正しい戦争はできない、そういう不平が勃発して、そこで、同志討ちの戦闘が一時中止されて、聯合軍の成立を見ました。
「やっつけちゃいなさいよ」
「こんな卑怯な村正て、ありゃしない」
「油断してるところをね」
「ばかにしてるわよ」
「大人から、やっつけちゃいなさいよ」
「村正を切っちゃいなさいよ」
「打っておやりよ、くすぐるだけじゃ仕置にならないわ」
「癖が悪いわ」
「抓《つね》っておやりよ」
「こいつめ、こいつめ」
「村正のなまくらめ」
「のし[#「のし」に傍点]ちゃいなさいよ」
 聯合軍が同盟して、激烈な包囲攻撃やら、爆弾投下まではじめたものですから、たまり兼ねた
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