反映して来るものだ。
小栗と、勝と、どっちがエライ。そんなことは鼻垂小僧のする質問だが、勝が薩摩と組んで、主家の徳川を倒そうとしている。小栗が金を外国から借りて、宗家のために戦おうとしている。この風聞は聞きのがせないぞ、たとえ市《まち》の偶語とはいえ、その拠《よ》るところは根が深そうだ。
勝が奸物《かんぶつ》だという評判は、つまり彼が外交に苦心しているところなんだろう。小栗が軍用金を集めるということは、彼が主戦論の代表だということに、そのままそっくり受取れる。世が末になると、その二派はいつの時代にもあることだ。和戦両様の派が対立して、内輪喧嘩を内攻する。支那の宋の世の滅びた時の朝廷の内外が、つまりその鮮かな一例だ。おれは勝を一概に奸物と見たくないが、小栗の腹には無条件で納得する。彼の家は家康以来の名家で、いつも戦《いくさ》の時は一番槍を他に譲らぬというところから、家康の口から、又一番、又一番槍はその方か、又一、又一の渾名《あだな》が本名となった祖先の勇武の血をついでいる男だが、現今は勘定奉行をつとめていると聞いた。勘定奉行は重任だ、大蔵卿だからな。公卿《くげ》の大蔵卿は名前倒れの看板だが、傾きかけた幕府の大台所を一手に賄《まかな》う役目は重いよ、辛いよ。小《こ》っ旗本《ぱたもと》の家にしてからが、勘定方は辛いぞ。ドコの大名も困っている、五万石、十万石の大名の家の台所をあずかる身も辛いが、八百万石の天下取りの台所の傾きかかったのを支えるというのは大抵じゃない、少なくともおれにはやれない。
小栗はこれを引受けて、これから、いざという時の軍用金、重々容易な苦心であるまいことも察するよ。金がなければ戦はできない、勿論のことだ、だが金だけで戦ができるものじゃない。第一、士気が振わなければ戦はできない、それから兵糧、それから金、と今も女に言って聞かせたのだが、さて実際、今の徳川に当てハメて見ると、この条件が叶っているかいないか、と念を押すまでもない、士気といったらごらんの通り、恥かしながらこの神尾主膳の如きが代表の一人かも知れぬ。食糧の点も、諸国の大名との交通に差しさわりがなく、幕下の知行が今のままなら何のことはあるまいけれども、いざ戦争となれば、天下が乱れて諸道が塞がる、江戸そのものの食糧が上ったりになりはしないか。金ときた日には――徳川家康は金を持っていたが、豊臣秀吉
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