も金を持っていたぞ、天下を取る奴はみんな金を持っていた。金持がキッと天下を取るというわけではないが、金のない奴には大仕事はできない。いやいや大仕事をする奴は金運というものが向いて来るものなんだ、時運が盛んで、英気が溢《あふ》れていると、苦心しなくとも金なんぞは向うから集まって来るが、落ち目になると、ある金も逃げて行くよ。
 おれも貧乏だが、徳川の宗家も貧乏だよ。その傾きかかった宗家を支えて、戦争の一つもしようというには、先立つものは金だ。金だと言ったところで、生やさしいものではない。勝のおやじや、おれなんぞは、千三《せんみつ》をやっても、質草をはたいても、やりくりはつこうというものだが、宗家の台所となるとそうはいかない。天下を二つにわけて、最期《さいご》の合戦に堪えるだけの用意――それには毛唐の財布を借りなければいかないのか。
 まさか、小栗だって、国というものを抵当に置いて、毛唐から借金するまでに血迷いはすまい。毛唐の力を借りて徳川を立ててみたところで、日本という国が毛唐の下風に立つようになってはおしまいだ。あの女の言うところによると、幕府の方の後ろの金方はフランス、長州薩摩の方はイギリスだとのことだが、長州や薩摩だって同様だ、徳川が憎いからといって、毛唐に国を売るような振舞はすまい。
 だが、意地となると、どういう番狂わせが出来るか知れたものでない。今時きっての知恵者だという勝安房は、いったい、どういう考えを持っているのか。おれは一概にあいつを奸物だとは見たくないのだ。彼の本意を聞いてみたいものではないか。
 且つまた、小栗のはらがドコまで据わっているか、これも一番見届けたいものではないか。
 その他、いよいよという時に頼みになる奴は、ドコの誰で、どうしている。
 神尾が、しばし眼をつぶって沈思の体《てい》であったが、やがて開いた眼を落すと、読みさした「夢酔独言」の上に落ちて来る。
 以前ほど気乗りはしないが、とにかく、もうあと少しだ、読んでしまってみてやろうという気になって、丁をめくってみましたが、もはや心が全く書物の上から移ったようで、それでも、眼はその文字の上を惰力的に追っている。

         七十四

 神尾主膳は、せっかく興味をもって読みつづいていた勝の親父の自叙伝を、さきにはビタが来て妨げ、今はお絹が来て中断されたが、さきのビタは問題にならず
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