六百万両を借りる!」
神尾は複雑な意味で、驚異の叫びを立てましたけれども、お絹の頭は単純な貸借関係と、金額の数字の多少だけのもの。
「ここで、あなた、駒井様あたりがその間に立って、異人さんと口を利《き》くには打ってつけのお方じゃありませんか、あんなお方が一口|立会《たちあい》をなされば、あなた、六百万の一割のさやをいただいても六十万両――万事その伝なんですから、異人さん相手に大物をこなしさえすれば、濡手《ぬれて》で粟《あわ》の手数料――うまく当れば、あなた江戸一、三井や、鴻池を凌《しの》ぐ長者にもなれようというのは、今の時勢を措《お》いてはありません。それを知りつつ、洋学が出来ないばっかりで、宝の庫に入りながら、指を銜《くわ》えて、みすみす儲け口を取逃がしてしまうのが残念でなりません」
七十三
お絹は今日は、これだけのことを話して帰りました。
洋学の出来ない恨みを、おれに向って晴らしに来たようなものだが、それはたしかにお門違いだ、当然、駒井甚三郎のところへ持って行かねばならぬものを、戸惑いしておれのところへ来た。
だが、考えてみると、女というやつの考え方は、今に始めぬことだが浅どいものだ。洋学の知識というものも、畢竟《ひっきょう》ずるに、金を儲けるか儲けないかのために必要なので、それ以外には、てんであの女の頭にない。おれは洋学は嫌いで、駒井の奴はドコまでも好かない奴だが、まさか駒井だって、才取《さいと》りをするために洋学に志したのではあるまい。あの女は、金にさえなれば洋妾《ラシャメン》にもなり兼ねない女なんだから、駒井や我輩も同様に、学問そのものを利用して、大きな才取りができれば、それが専《もっぱ》ら功名だと心得ている。実にタワイないものだ、浅ましいものだ。だが、そのタワイのない、浅ましいところが、あいつの身上で、あれが、なまじい賢婦ぶりをし、烈女気取りをはじめたら、もう取るところはない。あれはあれでいいんだが、さて、これはこれでいいのか。
今、あいつが、附けたりで口走って行ったところに、聞捨てのならないものがある。聞捨てにすべきところが、聞捨てにならない。本末も、始終も、見境のない女のことだから、その本論は憫笑すべく、その附けたりは傾聴すべしか。というのは、ああいう女が無心で受けて来る巷《ちまた》の声というやつに、案外、時代の政治が
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