《えびす》に近い香取鹿島の大海原《おおうなばら》に、大船を浮べて碇泊した大らかな気持、誰もそれを想像しないわけにはいかないのですが、拙者はこの歌を酷愛する一人であるにかかわらず、この歌の持つ空間性に、まだ疑いが解けきれないというのは、第一、柿本人麿《かきのもとのひとまろ》という人が、あの時代に、東《あずま》の涯《はて》なる香取鹿島あたりまで旅をしたことが有るかないかということです。その次には、下総香取の海とすれば、香取のどの地位に船を碇泊せしめたかということです。下総の香取に大船津《おおふなづ》というところがあるにはありますが、仮りにあの辺に船を回漕せしめたとしても、その船は、どういう船の持主によって、ドコの浜から回航されたかということ……一説によりますると、ここのいわゆるかとり[#「かとり」に傍点]の海というのは、下総常陸あたりをあげつらうべきものでない、大津の宮に近い湖岸の一角にかとり[#「かとり」に傍点]の浜、或いはかとり[#「かとり」に傍点]の海と呼ばれた地面、或いは水面が、その当時存在していたのだ、ということを言いますが、或いはそれが正しいかも知れません。そういうことは、池田
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