い、今もなお気が揉めているから、こんなことも口へ出るのだろう。そこでお角さんが、
「心中の片割者なんか、女ひでりの世じゃあるまいし」
 お角さんにけし飛ばされても取巻はひるまない。
「ところが、かえって一段と気が揉めましてな、どんなまずい女房も、後家になると色っぽく見えると言いますからなあ、片割となってみますと一層惜しいものでした、あの女子だけはただは置けないと、その当座は正直のところそう思いましたよ。もう、二三人の子供が出来てるんでしょうがねえ、今の御亭主の面が見てやりたいです」
「よけいな心配をしたものです」
 お角さんは深く取合わないが、何か一道の魅力がありそうで妙に気が引かれる。
 男を殺して、自分だけが生き残った女の尽きせぬ業《ごう》というものが、ほんの行きずりのこの取巻屋をさえ、いまだに引きつけている魅力というものを以てして見ると、その女も、必ずそれからまた罪を作り出しているには相違ない。
 さればこそ、三輪の里には業風が吹きそめて、藍玉屋《あいだまや》の金蔵はそれがために生命《いのち》をかけた。そこまでは、この一座の誰でもが知らない。とにかく無事に永らえているとすれば、あ
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