の女にも、はや二人三人の子供があってよいはずと、その辺にだけ気を揉んでいる間は無事でしたが、その時に船首の方に当って、急にけたたましい声――
「ござった、ござった、正体が届きましたよ、御推察の通り抱合い心中、それそこに流れついた土左衛門とお土左がそれじゃ」
湖面を見つづけていた船頭の叫びで、水手《かこ》共が、よってたかって眼を皿のようにする。
二間ばかり近く、波の間に、ふわりふわりと浮いては沈み、沈みては浮び来《きた》る物体がある。予備知識がもう十二分に出来ているから、誰もそれを見誤るものはない。しかも、浮きつ沈みつして、上になり下になり流れ漂う物塊は、人間の死骸が二つ、からみ合ってたがいに放さない形になったまま、見た眼では、まだたしかに息が通っている、生温かな肉塊とさえ見えるのが重なり合って、船をめがけて、からまって来るのです。
船頭《せんどう》水夫《かこ》も昂奮したが、船上の一座もすくんだように重くなって、立ち上る元気よりは、怖《こわ》いものを見る心持が鉛のようになる。
六
事態は重くるしかったけれども、手数は極めて簡単でした。船をめがけて漂い来った二
前へ
次へ
全356ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング