ですが、それが、ゆくりなく洲崎《すのさき》で、駒井能登守の手に救《たす》けられたことがある。あの時、駒井に発見されなければ、無論、今日のお角さんは有り得ないのです。その時の体験からお角さんが語り出でました。その啖呵《たんか》の要領によると――
女というものは、水に溺れようとする瞬間に、何事よりも締めくくるべきは帯です、帯をしっかり結ぶことです。帯というものは無論、表の胴体を締めているこの無双や、鯨というだけには止まらない、下帯から、下締から、丸帯の一切、女の身体《からだ》を横に防衛し、同時に装飾を兼ねているそれらのものをいうのであって、これが締っていなければ、女が女にならない。
水に没入して、息が有っても無くても、いったん人間の住む水際へ浮き出した瞬間に、それを見つけて騒ぎ立てる野郎共の大多数は、女を人間として見ないで、女として見るんですからね、したがって、女は死んだ後までもが、女としての体面を保護して置かなければならない、もし男性として品性の高い、教養の深い人が、それを発見した場合は、真先にその辺を保護して置いてから、改めて人に報告するようにしてやるのが紳士の礼儀である。
それ
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