しつつ掃海作業を続けて進みました。
その間、伊太夫は動ぜぬ座を占めている。お角さんは居たり立ったり、舟夫《せんどう》に指図をしたり、伊太夫に講釈をしたりして、年増女の落着きを失わずに、その周到ぶりを発揮していたが、事が周囲七十余里の湖水を相手だから、そうヤキモキしただけではいけないと、やがて伊太夫の傍に寄添って、次のような観察を物語りはじめました。
四
「男も男ですが、女も女です、水にでもハマろうとするくらいなら、ハマるだけのたしなみというものがなけりゃなりませんよ。女の締めくくりは帯なんです、その帯を初手《しょて》に流してしまうなんぞは、お話になりません」
お角さんが、噛んで捨てるように言ってのけたのは、それは伊太夫の知ったことではないが、お角さん自身に、これと異った趣に於て、充分に体験を持っているわけです。この女は上総房州の海に身を投じて、橘姫命《たちばなひめのみこと》の二の舞を演じたことがある。
その時は、無論、意気の、心中のというような浮いた沙汰《さた》ではなく、いわば凡俗の迷信と多数の横暴に反抗して、身を以て意地を守った気概のために海中に没入したの
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