問題の、奥の間の床柱に座を占めた招待の客というものを見ると、さまで怪しむべきものではない、これぞお銀様の父、すなわち藤原の伊太夫でありました。附いて来たのは、番頭の藤七たった一人でした。
 だが、ほどなく、これに追いついてやって来た人は、宿の者皆の注意を引かずには置きません――それは、お角さんが至極めかし込んで、上方風の長衣裳で、駕籠《かご》から出て、いささか上気した意気込みで、
「あの、不破の関守さんとおっしゃるお方を訪ねて参りました」
「はい、お待兼ねでいらっしゃいます、どうぞ、こちらへ」
 お角さんは、案内につれて、おめず臆《おく》せず送り込まれたのは、伊太夫の座敷でなく、不破の関守氏の部屋なのでした。
 多分、不破の関守氏とお角さんとは、初対面のはずです。
 すべての事態を総合して見ますと、伊太夫お角さんの一行は、昨日あたり竹生島から帰りついたに相違ない。昨日の外出で、不破の関守氏は本陣をたずねて、伊太夫が立帰ったことをたしかめた上で、改めて来意を述べたものらしい。
 その結果として、お銀様が本陣を訪問するのも人目に立ち過ぎるし、かつまた、本人そのものが容易なところでは承引
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