のできる器械を廃《すた》らせたままで、わざわざこうして足搗《あしづ》きをやらなきぁならねえ世界になったんでございます」
「とは、またどういういきさつで」
「こういうわけなんでございますよ」
 三助の米搗が説明するところによると、以前は、やっぱりこの地方で、米搗きが頼まれて越後の方からやって来たものだが、近頃になってこの藤尾村というのへ、善造と五兵衛という二人の者が水車を仕掛けた、なにぶん、水車が出来ると、人間の労力より安くて早いこと夥《おびただ》しい。そこで善造と五兵衛がはじめた水車が、みるみる繁昌して、ここへ籾《もみ》を持ち込むものが多くなり、その結果、市中の搗米屋《つきごめや》と米踏人《こめふみにん》が恐慌を来たして、我々共の職業が干上るから、水車を禁止してもらいたいと其筋に願い出た。そこで水車が禁止されることになった。せっかくの文明の利器がかえって忌《い》まれて、人間労力の徒費に逆転することになったというわけになるのだが、もう一つ水車禁止の理由には、ここの水車へ持ち込んで米を精《しら》げることの口実で、実は京都へ向けて米の密輸出を企てるものがある。いったい京都の米は近江の一手輸入
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