になっている。一年中この近江から京都へ供給する米が、豊年に於ては七十五万俵、凶年には四十万俵、平均のところ無慮五十万俵の数になっていて、米を京都に入れるにはいちいち上《かみ》の番所の検閲を受けて、切手口銭を納めるということになっている。ところがこの藤尾村に水車が出来てから、前記の如く、ここへ持ち込んで米を精《しら》げてもらうという口実の下に、京都へ米を密輸入して、切手口銭のかすりを取るというやからが出て来た。その取締りのために、水車禁止の別の有力な理由が出て来たのである。その上に俵物はいっさい小関越えをしてはならないということになった――そのとばっちりで、ここでも水車を仕かけるには仕かけたが、それを遊ばして置いて、こうしてわざわざ足踏ロールに逆転しているのだという説明を、三蔵から聞いて、不破の関守氏は、
「なるほど、それは機械文明に反抗する人間労力の逆転というものだ」
とひとり合点をしました。
それから二人の会話が少し途絶《とだ》えていると、その時、不意に腰障子の外から、
「三ちゃん、いる、お茶うけよ」
姿は見えないで、窓の外から、そっと言葉をかけると同時に、お盆へ何かのせたものを
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