銘の珊瑚《さんご》の五分玉、店主はまがい物と心得て十把一《じっぱひと》からげにしてあったのを拙者が見出して来た、欲しかったら、お宮さん、君に上げましょう」
「まあ、有難うございます」
といったようなあんばいで、暇つぶしに彼は、山科から京都くんだりを遊んで来たもののようだが、必ずしも、そうばかりではないらしくもある。
 その翌日もまた宿を出かけて、同じような時刻に帰って来て、またこっとう[#「こっとう」に傍点]物を懐ろから引張り出して、お宮さん相手に説明する。お宮さん、白鳳期がどうの、弘仁がああのと言ってもよくわからないが、そこは商売柄、いいかげんに調子を合わせると、不破の関守氏も、いい気になって、次から次へでくの坊を引っぱり出して悦に入るが、どうかすると、こっとう[#「こっとう」に傍点]以外の珍物を引っぱり出して、よろしかったらこれはお土産《みやげ》として君に上げようと来るものだから、お宮さんは、思いがけない珊瑚の五分玉だの、たいまいの櫛《くし》だのというものにありつけるので嬉しがる。
「そないにこっとう[#「こっとう」に傍点]ばかりあつめて、どないになさいますの、小間物屋さんでもおはじめなさる?」
とお宮さんが呆《あき》れるほど、毎日毎日、がらくたを掻《か》き集めて来る。ある時は脱線して、
「お宮さん、これはダイヤモンドの指輪です、その当時は三百円もしましたよ、よろしかったら君に上げよう」
「まあ、三百円のダイヤモンドだっか」
「今時は、三百円のダイヤなどは誰も振向いても見ないが、その当時はこれが幾つもの人間の運命を左右するほどの魅力があったものだ、今日にすると十倍以上だろうな」
「では、三千円だっか」
「それ以上はするだろう」
「本物だっか」
「はは、それが、お宮さんの魅力となって、貫一の一生を誤らせたというわけなんです、実は……」
 この分だと、貫一の着た高等学校の制服だの、赤樫《あかがし》の持った鰐皮《わにがわ》のカバンまで探して来るかも知れない。閑話休題としても、当人は閑人気分《ひまじんきぶん》が充分で、一人で出かけることもあれば、一僕を召しつれて出て戻って来ることもある。
 こっとう[#「こっとう」に傍点]が飛び出さない時は、地所家屋のこのごろの相場のことなどが口に出るものですから、風呂の者は、この人はこっとう[#「こっとう」に傍点]屋を営み、その掘出し
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