かたがた、地所家屋の売買の周旋もする人だろうぐらいに見ておりました。
 なるほど、外出先を推想してみると、この男はこっとう[#「こっとう」に傍点]あさりばかりではない、相当の地所家屋を見つけながら歩いて来るものらしい。現に問題となっている山科の光悦屋敷の如きは、一僕を指図して縄張りまで張って、半日をその測量に費したような形跡もあります。

         十八

 三日目の午後、今日は早帰りをして、風呂につかっていると、三助が一人やって来て、
「お流し致しましょう」
「済まない」
 手拭を渡して不破の関守氏が、背中を向けると、その三助の流しぶりが変っているのに気がつきます。この三助は、背中を流すに片手をつかっている、左手だけしか使わない、最初のうちは勝手だろうと考えていたが、変ですから、不破の関守氏が気をつけて見ると、手んぼう[#「手んぼう」に傍点]なんです。わざと気取って片手あしらいをして見せるのではない、片手しかないから、そのある方の手だけで働いているのだと認めました。
 しかし、人の不具を認めたからといって、必要なきに注視するのも心なき業だ。片手であろうとも、両手であろうとも、職務そのことだけがつとまりさえすれば何も言うことはない。ところで、その職務が、片手あしらいで両手の持つ働き以上の働きをする器用さに、不破の関守氏が内心舌を捲きました。
「いや、どうも有難う」
 一通りの三助のすることを手際よくやってのけた上に、上り湯を二三ばいたっぷりとかけてくれて、肩をとんとんと三つばかり叩いた気持などというものも、相当にあざやかなもので、なお一杯をなみなみと汲み置きをして、
「ごゆっくり」
と言って、その片手の三助が退却してしまったあと、不破の関守氏は、おあつらえ通り、ゆっくりと湯につかって、さて上りとなって脱衣場へ来て着物を引っかけようとすると胴巻がない。
「やあ――」
と関守氏が、げんなりしたのは、たしかにしてやられたと感じたからです。やられたのは出遊の途中でやられたのか、或いは途中で落してつい知らずここまで来て、いま気がついたのか、その辺に抜かりのある関守氏ではない。たったいま風呂にはいる前に、脱衣ともろともにここへ押し込んで置いた胴巻が今なくなっているのですから、その点に問題はない。しかし、あえて声を高くして盗難を呼ぶ関守氏ではありませんでした。かつまた、か
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