、誰が死体の傍らに見張りをしているか」
「はい、新撰組の方が、我々が張番をしているから、其方たち行って知らせて来いとの仰せでござります」
「よくわかった」
新撰組が殺して、新撰組が張番をしているのである。隊長がその術中に落ちたのみではない、その手で、我々を誘き寄せようとの手段であることは、もう明らかだ。彼等の怒髪は天を衝《つ》き、闘争の血は湧き上った。
「諸君、これは尋常ではいけない、戦場に臨む覚悟を以て行かないと違う、甲冑着用に及ぶべし」
との動議を提出したのは、この組の中で、最も年少にして、最も剣道に優れた服部三郎兵衛でありました。
誰もそれを卑怯だとも、大仰《おおぎょう》に過ぐるとも笑う者がない。
事実、新撰組の京都に於ける勢力は、厳たる一諸侯の勢力であって、彼等には刀槍の表武器のほかに、鉄砲弾薬の用意も備わっているのである。その新撰組が計画しているところへ飛び込むには、戦場に赴《おもむ》くの覚悟があって至当なのであります。
甲冑着用を申し出でた服部の提言を笑う者はなかったけれども、それに同じようとする者もない。それについて憮然《ぶぜん》たる態度で、そうして老巧――といってもみな三十前後ですが、比較的年長の輿論《よろん》は次のようなものです。
「いずれにしても、新撰組全体を相手に取るとすれば、我々同志の少数を以てこれに当ること、勝敗の数はあらかじめわかっている、十死あって一生がないのだ、要するに死後に於てとかくのそしりを残さぬようにする用意が第一――甲冑用意も卑怯なりとは言わないが、一同素肌で斬死《きりじに》の潔《いさぎよ》きには及ぶまい。彼等が隊長を殺し、彼等が張番をし、彼等が注進をよこして来た、言語道断の白々しさではあるが、表面一通りの体裁を立てて来たので、戦闘行為を仕掛けて来たというわけではないから、これに応ずるにひとまず礼を以て受け、しかして後に従容《しょうよう》として斬死の手段がよかろうではないか」
一同が、この言に従って、素肌を以てこれに臨み、素肌を以て決死の応戦に覚悟をきめてしまいましたのです。
ひとり主張者の服部三郎兵衛だけは、ひそかに、一室に於て、身に鎖をつけ、その上に真綿の縫刺しの胴着を着たのは、覚悟の上に覚悟のあることに相違ない。
かくて以上七人が、打揃うて、別に一人の小者を従え、隊長の屍骸を収容して帰るべき一台の駕籠《かご
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