この斥候《せっこう》を放つ所以《ゆえん》なのでありました。
 この命令を下しているところへ、急に伝令が一人、本館の方からはせつけて来まして、
「先生、不破様からのお使者が参りました」
「なに、関守氏から使者が来た、早速ここへ通すように」
 案内につれて、そこへ風を切ってやって来たのは、ほかならぬがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵です。
 すっかり旅の装いが出来ている。しかもその装いは、不破の関守氏がここで用意して行った装束そっくりですから、何物よりもそのいでたちが、まず門鑑として物を言いました。
「ごらん下さいまし、不破様からお手紙をお届け致すようにとの御沙汰で持って参じました」
「それはそれは、御苦労さま」
と言って青嵐居士は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が差出す手紙をとって、封を切りながら、三騎の斥候に向って言いました、
「諸君、少し待ち給え、今、この手紙を読み了《おわ》って、それからこの使者の文言《もんごん》を聞いてからの上で」
 こう言って乗馬を控えさせて置いて、不破の関守氏からの手紙を、立ちながら読み下しているのを待ちきれず、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が口走って言いました、
「もし、あんたが青嵐《あおあらし》の親分さんでござんすか」
 変なことを口走り出したので、さすがの青嵐居士《せいらんこじ》が、がんりき[#「がんりき」に傍点]の面《かお》を見直しました。そうするとがんりき[#「がんりき」に傍点]が、
「不破の旦那からお頼み申されて参りました、わっしはがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵というしがねえ野郎でござんす、こんた青嵐の親分さんでござんすか……」
 お控《ひけ》え下さいましと、本式のやくざ挨拶に居直り兼ねまじき気勢を見て、青嵐居士も全く面くらいましたが、直ちに合点して、
「ははあ、青嵐は拙者に違いないが、親分ではないよ、君は何か間違いをして来たんだろう、親分でも蜂の頭でもない拙者に向って、改まった口上などは無用だ、それよりは早速、君に聞きたいことは、君が逢坂山からここまで突破して来たその途中の雲行きをひとつ、見たまま詳しく話してもらいたい、湖辺湖岸の物騒な大衆がドノ辺まで騒いで、どんな動き方をしていたか、君の見て来たままを、ここで話してもらいたい」
「そいつを話して上げたいんでしてねえ、先以《まずもっ》て磨針峠《すりは
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