青嵐居士は、その点は多少想像を逞《たくま》しうして、魂胆のほどをも見抜いているところがあるに似ている。
「左様でござるかな」
「左様――あの男とは、先日偶然の縁で、長浜の湖畔で対面しましてな、それから拙者の寓居まで立寄らしめたという因縁がござるが、その節、彼は夜分にもかかわらず、振切って町へ出て、それからついにあの始末です、その間の事情を、人伝《ひとづて》に聞いてみますと、なるほどと思われない事情を含んでいないという限りもございませぬな、あれは一種の人身御供《ひとみごくう》なのですな、当人から言えば、ばかばかしい人違いの罪科で、代官の方から言えば怪我の功名《こうみょう》、ではない、功名の怪我を、そのまま囮《おとり》に使ったという次第であろうと想像するのです」
「なるほど」
青嵐居士が粘液的に話しぶりを引出すと、不破の関守氏は、他意なく傾聴ぶりを示すのであります。
「後で土地の人に聞きますと、あの晩、思いもかけぬ物凄い一場の場面が、深夜の長浜の街上で行われたそうです。伝うるところによりますと、あの小男はあれで、勇敢無比なる手利きであるそうですな、捕方に向った一方も、その方では名うての腕
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