いえ、この国の住民が馬鹿でない証拠です」
「なるほど」
「そこで、近江商人の名が天下に聞えるに至りました。勤勉実直にして、知らぬ他国から金を儲《もう》けて産を成し、その産を蓄積することに於て、また非凡なる忍耐と進取との才能を持っておりました。他国に向っての積極的進出と、自ら守ることの堅実な消極的忍耐と、両方をこの国の人間が持つことができたという次第で――そこで、自分の国の乱れるということが、商人として成功する逆縁となりました。今日、大阪に於ける、江戸に於ける、近江商人というものの財力の、いかに根強くして盛んなるかを思い合わせてごらんなさるとよくわかります」
「なるほど、そうおっしゃられると、それがいわゆる近江商人の勢力の一大原因であるかのように感ぜられます。国土が争乱の巷《ちまた》となるが故に、住民が他国へ進出する機縁となる、逆縁がかえって利縁となったという次第ですな」
「そうです。しかし、そんならば、すべて自分の国が乱れているところの人民は、外に向って大いに発展をするかと申すと、それは一概には言われません、全く疲弊しきって、奴隷以下に没落してしまう国民もあるのですから、要するに気質の
前へ 次へ
全365ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング