す。東国の兵がこの国を通過せずして京都に入ることはできません、西国の兵もここを通過せずして東征はできません、そこで、乱世に於ては国土が絶えず兵馬に蹂躙《じゅうりん》せられ、人民が残暴を蒙《こうむ》りますから、土地に安堵《あんど》して生活を営むということができません、いつ剽掠《ひょうりゃく》を蒙るか、掠奪せられるかわからないのみならず、人力も絶えず徴発せられて争闘の犠牲とならなければならない、生民その堵《と》に安んぜずというのが、この近江の国の住民の運命でした」
「なるほど」
「しかし、人間というものは運命に妨げられると共に、運命に逆らって新境地を打開する力を与えられているようでありまして、かく不幸なる境地に置かれて、堵に安んぜざる変通力が、一転して商業の方へ注がれたというわけです。故にこの国の勤勉にして機を見るに敏なる土民共は、農業を捨てて商業の方に着目し、転向することになりましたのです」
「なるほど」
「土着の土地を相手にしないで、他領他国を目的とする、自分の生れた土地で生産して、それから恵まれることを断念して、他国へ進出して富を吸収して来るという新方向を案出したのも、自然の径路とは
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