問題ですな」
「なるほど」
「江州人は、素質的に、逆境を打開する勤勉の気風を備えていると見なければならない理由もあるのです。たとえばです、これから越前の方へ向けて出る途中に、難渋な峠が三ツもある、たいていの人だと、それを聞いてうんざりし、せめて三ツの峠が二つにでもなればいいと、こういって歎息するところを、江州人は、峠が更に二つばかり余分にあればよい、そうすれば、人がいよいよ難渋がって出かけない、そこを自分は出かけて行って、商売をひとり占めにしてしまう――大体こういった気風なのですから、そこに近江商人の勝利があろうというものです」
「なるほど――おおよその人は地の利を恃《たの》むのだが、江州人は地の不利に恵まれるというわけですな。もとより、それは素質とも相関係しましょう」
「もちろん、天の時、地の利と言いますが、江州人には、天の不祥時と地の不利益の場合に、恵まれるのです。彼等は己《おの》れの国土を対象としないで、他国進出を目標としています、そこに彼等の発展があります。しかし、こういう、恵まれずして恵まれたる土地の半面には、恵まれたようで実は恵まれない不幸の民が多いことを思わなければなりま
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