、ああそうかとすまし込んでいる女では決してない。自分としては、あんなところへ面《つら》も体も出せた身じゃねえが、あの女ならばどこまでも押して行くよ。そこを見込んで、かけ込んだおれの寸法が当った。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎は、その寸法を己惚れきっている。その一方にはこうして、お角を火の玉のようにして転がし出して置きながら、そのあとを然るべき要領で、お角親方の連衆《つれしゅう》の一人にこしらえ、留守番をひとり守っている体《てい》にして、避難と、休息とを兼ねて、ゆっくりと落着くことができる、つまり、一石二鳥にも三鳥にもなるという寸法だ。これから、あの掻巻《かいまき》の中へ、すっぽりとくるまって、めまぐるしいこのごろの湖畔《うみべり》のやりくりの骨休めをすることだ。
「有難え、お茶を一ぺえ――甘えお茶菓子も有らあ」
 そこで、お茶を飲み、菓子を食い、さて、ゆっくり掻巻へもぐり込んで一休みと、足腰をのばしにかかってみると、指が痛む。
「ちぇっ、右の腕はブチ落される、今度は残った左の方を小指からなしくずしなんぞは醜いこった――因縁《いんねん》ものだなあ」
と言いながら、繃帯《ほうた
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