い》を外して捲き換えている。長浜の浜屋で落された指一本の創《きず》あとがなかなか痛い。めまぐるしさにまぎれていたが、安心してみると痛み出す――懐中から薬を取り出して、それをつけ直している。また繃帯を捲き換えてみる。

         十二

 果して、がんりき[#「がんりき」に傍点]の予想通り、お角さんは火の玉のようになって、この宿を転がり出たのです。
 その勢いで、本陣へ上って伊太夫に面会したが、もうその時は、さきほど心配した自分の責任感のことなどは、いつしかケシ飛んでしまって、晒しの鬱憤で張りきっていました。それでも、つとめて抑制して、伊太夫へは丁寧な挨拶を試みたつもりですけれども、挨拶が済むと早くも暇乞《いとまご》いでした。
「ほんとに、大旦那様、万事ゆっくりとお話し申し上げ、お詫《わ》びも申し上げなければなりませんのですが、急に、急ぎの用事が出来ましたから、これから、ちょっと一走りかけつけて見て参ります、様子を見届けた上で、引返してすぐまたお伺い致します、ほんとに、旅へ出たからって、楽はできません」
 お角さんの余憤満々たるのを、伊太夫は只事でないと見て取ったものですから、

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