ずテレたり、怖れたりする様子が変です。
 あんまり自分の物言いぶりが過ぎたと感じ、彼はテレて、こっそりと口を押えたまま人混みに紛れようと試むるらしい時に、その後ろにいた千草《ちぐさ》の股引《ももひき》をはいて、菅笠《すげがさ》をかぶり、腹掛をかけたのが、ちょっと後ろからすがるようにして、
「モシ」
と問いただしたものです。
「エ」
 呼びかけられてみると、挨拶をしないわけにはゆかなかったが――挨拶というより寧《むし》ろ捨ぜりふで逃げ足と見えたのを、千草股引が、また食留めにでもかかるもののように押迫って、
「あんたはん、あの晒しの男は、この土地の百姓じゃあないとおっしゃいましたか」
「え、その、何ですよ――そうです、そうです、たしかに人違いなんですよ」
と言って、やっぱり振り切るように急ぎ足になるのを千草股引は、透かさず追いかけるようなこなし[#「こなし」に傍点]で、
「お手間は取らせませんが、そこでひとつ、お聞き申したいんですが、あんた様ぁ、あの者の身性《みじょう》をよく御存じなんですか」
「そりゃ、知ってるといえば知ってるがね、そう言ってわっしにおたずねなさる、お前様はどなただね」

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