「わしは――あの男の身性を知りたいんでして」
「あの男の身性を知りたければ、係り役人にお聞きなせえな、そうでなければ、直接、御当人に聞いてみなせえ」
「お役人は恐《こわ》いでしてね。あの御当人は、根っから口を割らねえんだそうでござんしてな。ところで、あんたはんは、どうやらあの『晒し』の身性を御存じらしい、ぜひ、教えていただきてえ」
全く、その千草股引は、この旅の男を逃がすまいと畳みかけて問いかけるのを、こちらは非常に迷惑がり、
「お上役人も当人も知らねえものを、こっちが知るかなあ。ただ、ちょっと、見たようなことがあるような気がしただけなんだ、何も知りゃあしねえよ、先を急ぐから、まあ、このくらいで御免なせえ」
旅の男は、もう全く逃げ足で走り出そうとする。つまり、一時の昂奮から、心にもないことを口走ったことを悔い、こんなことから、変なかかわり合いになってはつまらない――と、素早くこの場を外してしまおうとするものごしでした。それと見て取った千草股引が、急に権高くなって、やにわに飛びかかって参りました。
「待ちろ――逃げちゃあいけねえぞ」
「何を……」
むんずと飛びついて来た千草の股引は
前へ
次へ
全365ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング