「へえ――」
「人違いで『晒《さら》し』にかかっちゃあたまらねえ、あいつもまた、そんならそのように何とか言えばいいじゃねえか」
「江戸の方なんですか」
「そうだとも、生れはどこか、よく知らねえが、ついこのじゅうまで永らく江戸に住んでいて、こちとらとも附合いがあるんだ、あいつが、どう間違って、江州《ごうしゅう》くんだりまで来て、百姓一揆に加担するなんて、物好きにも、人違いにも、方図があらあ。人違いだよ、間違いだよ――晒される奴も晒される奴だが、晒す奴も晒す奴じゃあねえか」
 ここまで来ると、右の江戸者らしい旅の男はいよいよ昂奮して、舌なめずりをしてみたが、急に、自分の昂奮ぶりと、物の言いぶりが、つい知らず度外《どはず》れになっていたと気がつくと、あわてて自分で自分の口を押えながら、忙がわしく左と右を見廻しました。

         七

 なるほど、そう気がついたのも道理で、この旅の者の物言いぶりがあまり際立ったので、誰も彼もが、晒しを見る眼をうつして、この、ひとり昂奮した旅の者の方へ集中させられるのですから、はっと気がついたのですが、それにしてもこの旅の者が、一方《ひとかた》なら
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