きない国野蛮アリマス――こうぬかしやがるのが癪《しゃく》なんでげして」
「ふーん」
「異人館なんぞへまいりますと、テーブルの上で毛唐の奴がよくこんな噂《うわさ》をぬかしやがるんでげす、そのたびに拙ははっぷんをいたしましてね」
「ふーん」
「ばかにしなさんな、日本にも、このくらいの芸事がある――てえところを一つ、見せてやりてえんでげして」
「ふーん」
「さすがに、鐚の眼のつけどころはエライ――とおっしゃっていただきてえんでげす」
「ふーん」
「そこで、その帝国芸娼院てやつを大々的にもくろみの……日本には芸妓でさえ、これこれの芸術がある、遊女でさえも高尾、薄雲なんてところになると、これこれの文学があるというところを、毛唐に見せてやりてえんでげすが、いかがなもので」
「そうすると、つまり、日本中の芸者と女郎を集めて、毛唐に見せてやりてえと、こういう目論見《もくろみ》か」
「いいえ、どうして、そんな単純な、浅はかなんじゃござんせん、日本のあらゆる芸事という芸事の粋を集めて、これこの通りといって、毛唐に見せてやりてえんで、芸娼院という名は仮りに鐚がつけてみただけのものなんで、もっとしかるべき名前がありさえ致せば、御変更のこと苦しくがあせん」
「日本のあらゆる芸事という芸事の粋を集めるんだって、ふーん、なかなか仕掛が大きいんだな」
「仕掛が大きいだけに、人選てやつがなかなか難儀でげして、まずあらゆる芸人という芸人の、粋の粋たるもの百人を限って選り抜きます」
「ふーん」
「なにも、芸娼院と申したところが、芸妓と娼妓ばっかりを集めるという趣意ではがあせん、とりあえず美術でげす、日本は古来、美を尚《たっと》ぶ国柄でげして、絵の方になかなか名人が出ました……」
「ふーん」
「ところで、とりあえず狩野家の各派の家元を残らずメンバーに差加えます、それから、四条、丸山、南画、北画、浮世絵、町絵師の方の、めぼしいところを引っこぬいてこれに加えます、拙が見たところでは、絵かきの方から都合五十八名ほど選りぬきの……」
「ふーん、してみると、貴様の目論見の芸娼院は、絵かきが大半を占めてしまうんだな」
「是非がござんせん、日本は古来、美術の国柄なんでげすから」
「ふーん」
「それから戯作《げさく》の方なんでげす、これは刺身のツマとして、八名ばかり差加えようてんで……」
「絵かきが五十八人もいて、文書きが八名では比較が取れまい」
「なあに、文書きの方は、どうしようかと考えてみたんでげすが、拙がひそかにこの計画を洩《も》らしやすてえと、ぜひ、幾人でもいいから差加えていただきてえ、絵かきの下っ端で結構、刺身のツマとして、ぜひ差加えていただきてえと、先方から売り込んで来るんでげすから、退けるわけにいかねえんでげす、そこで刺身のツマとして文書きを八名ばかりがところ、差加えてやることに致しやした」
「ふーむ」
「それから、書道の方でがす。次は、役者――この役者てえやつが、おのおの家柄があったり、贔屓《ひいき》があったり、それに頭数が多かったりして、いちばん事めんどうなんでげして、鐚もこれが人選には困難を極めやした」
「ふーん」
「それから、長唄、清元、芸妓の方からは誰々、お女郎の方からはこれこれ――和歌と、発句と、ちんぷんかんぷん――委細のわりふりと、面《かお》ぶれは、この一札をごらん下し置かれましょう」
 こう言いながら、鐚助は枕許の鼻紙袋をかき寄せて、その中から何か書きつけた紙切れの折畳んだのを引っぱり出して、神尾の方へ突き出しました。
「これが、拙の苦心惨憺になる帝国芸娼院の面ぶれなんでげして、これを早く発表いたしますてえと、あっちからも、こっちからも苦情がつく、こういうことは、得てして、お安いところで手っとり早く、でっち上げてしまわなけりゃ物になりやせん」
 神尾は寝ながら、鐚の差出した人選表なるものを受取って、
「ふーん」
と言いながら、面前にひろげて読みはじめている。
 得意気に、側面から、この面色を窺《うかが》いつつ鐚が言いつづけます、
「いかがなもんでげす、多少の議論はございましょうとも、まず、当世、百と限りますてえと、そんなところじゃあがあせんか」
「ふーん」
「あれを取れば、これを捨てなければならん、これを捨てては、あれが立たず……という苦心惨憺のところを買っていただきてえ」
「ふーん、何だと、ひとつ読み上げてみようか。まず絵かきで、狩野迷川院、谷文昌――それから、歌川虎吉に、国定国造、ふーん、おれの知っている名前もある、知らねえのもある」
「そっちの方は、それは日本絵所人別帳をすっかりそのまま並べたんでげすから、文句はござりますまい」
「ところで文書きの方は――こうと」
「為永春水――柳亭種彦、あたりを筆頭と致しやして、木口勘兵衛、乞田碁監、徳利亀八、
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