てみると、髪を結うことはおろか――首を斬ると言われても反問はできない。そんなような心持でお雪ちゃんが神妙に髪結の座に直っていると、後ろへ廻ってお銀様は、梳《す》き手《て》のするように、櫛《くし》を入れて、癖直しにかかりながら、
「今日は島田に結んで上げましょう」
「まあ――」
 お雪ちゃんは、我知らず顔が真赤になりました。
「お雪さん、あなたは島田よりか桃割《ももわれ》が似合うかも知れない、桃割に結ってみて上げたいとも思うけれど、それではあんまり子供らしいから」
 お銀様の手先の存外器用なことにも、お雪ちゃんは驚かされました。手先が器用だけではない、この人は、人の髪を結ってやることが好きなのだと思わずにはおられません。人の髪を結ってやることが好きというよりも、人の髪を結ってやることに於て、自分の芸術心に満足を求めているのだとしか思われないことほど、非常に丹念に絵を描いたり、彫刻したりするような気分を、はっきりと見て取ることができます。
「お嬢様、あなた様は、どうしてまあ、髪上げなんぞにまで、こうもお上手でいらっしゃいます」
と、やっとこれだけの推称をしてみますと、お銀様は、
「長浜へ行ったら、この次にはお雪さんを丸髷《まるまげ》にしてあげます」
「え」
 お銀様の言うこと為《な》すことの意表に出づることは、わかり切っていながら、その度毎に、お雪ちゃんの胆《きも》を奪うことばかりです。

         二十七

「お嬢様、丸髷《まるまげ》なんて、それはあんまり……」
 桃割のきまりの悪いよりも、お雪ちゃんにとって丸髷と言われることは、なお一層、きまりが悪い程度を越して気味が悪い、と言った方がよいでしょう。そうすると、お銀様が、何かしら少々の自己昂奮を覚えたものの如く、
「いいえ――もうお雪さんは、丸髷に結っても似合わないことはありませんよ」
「御冗談《ごじょうだん》を……」
「桃割から島田になり、島田から丸髷にうつる時に、女が女になるのです。ですから、丸髷というものは憎いものです」
 お雪ちゃんは何と挨拶していいかわからない。
「でもお嬢様、丸髷っていいものでございますね、あんな粋《いき》で、人がらな髪はございません」
「お雪さん、あなたも丸髷がお好き?」
「え、わたし、自分はそんな柄ではありませんけれど、好きなという点から言いますと、あんな好きな髪はありません」
前へ 次へ
全183ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング