に会わなければならないでしょう、父は、わたしが胆吹にいると知って来たのに相違ありません、上方見物《かみがたけんぶつ》はかこつけ[#「かこつけ」に傍点]で、実はわたしの行動を見届けに来たのです」
「それは、そうかも知れない」
「してみれば、わたしは結局、会わなければならないことになるでしょう、わたしは、父の宿を大津まで訪ねて行く気にはなれないが、父が胆吹へやってきた以上は、まさか、それを追い返すわけにはゆかないでしょう、会わないというのも卑怯ですからね」
左様、父の伊太夫が甲州から旅立ちをしてこの近いところ、大津に宿っているということを、先刻侵入のあの小ざかしい、生意気な、色男がかった小盗人《こぬすっと》の、今いうがんりき[#「がんりき」に傍点]の百とやらから、キザなセリフ廻しで聞かされた。現にまぎれもなき、父が愛用の腰の物を証拠に持参したのだから、まんざらの出鱈目《でたらめ》でないのは分り切っている。そこで、次の段取りは、いかにしてこの父に応接すべきかでなければならぬ。お銀様は、当然それを考えていたのが口に出たまでである。これも相手に返答を求めるために言ったのではない。
「そうなると、わたしは一応、胆吹へ帰らなければなりません、その間、あなたはここにじっとしていらっしゃい、動いてはいけません――」
と、今度は、相手に向って宣告を下したのです。なお、その宣告につけ加えて、
「わたしが、またこの宿へ戻って来るまで、この一間でじっとしていらっしゃい、犬を斬りに出てはいけません、もうこの辺には斬って斬栄えのするものは何もいませんから。それに、このだだっ広い加藤清正の屋敷あとなんですもの、隠れているには恰好《かっこう》ですよ、宿へ言いつけてありますから、誰も気兼ねはありません、おとなしく、じっとして待っていらっしゃい」
二十三
お銀様は、竜之助に監禁を申し渡して置いて、
「ですけれども、誰かお給仕がなくてはいけませんねえ、誰か、しょっちゅう[#「しょっちゅう」に傍点]ついていてあげる者がなければ生きられない人なんですから」
とつけ加えて、当惑がりました。
「なあに、一人だってかまわないよ」
と竜之助が、ブッ切ったように言う。
「かまわないことがあるものですか、さし当り、誰が朝夕の御膳を運んでくれますか」
「女中がいるだろう」
「女中任せなんぞにできる
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