ら》し」にかかる運命に落されていようとは。
二十二
長浜の浜屋の別館に割拠しているお銀様と竜之助とが、襖越しに深夜の会話。お銀様がまず言う、
「だが、おかしいほど芝居気たっぷりの男でしたわね」
「ふーむ」
「いやに気取って、セリフ廻しからしぐさまで、すっかり芝居になっていましたよ、キザもあそこまで行くと、ちょっと笑えない」
「ああいう奴なのだ」
「あなた、以前から御存じなんですか」
「ちっとばかり知ってるよ」
「そうすると、あなたのことも、わたしのことも、知り抜いていての悪戯《いたずら》なんでしょうか、それにしては仕上げが拙《まず》うござんしたわ」
「は、は、何に限らず、あれはちょっかい[#「ちょっかい」に傍点]を出してみたがるように出来てる男なんだ」
「その、ちょっかい[#「ちょっかい」に傍点]が怪我のもとでしたねえ、殺生《せっしょう》なことでした」
「うむ」
「殺生は殺生ですけれども、あなたとしては、あんまり、しみったれな殺生でしたね、どうして二つに斬っておしまいなさらなかったのですか」
「ふーん、そりゃ、座敷を汚してもいけないからな、少し考えたよ」
「かまいませんよ、畳なんぞは、いくらでも新しくなりますから。ですけれど、指一本というところが、かえって細工が細かくて面白いのかも知れません。それにあいつは気のせいか、右の腕がないようでしたね、ああ、わかりました、わかりました、あいつの片腕を打落したのが即ち、あなたなんでしょう――女のことで」
と、お銀様がここでひとり合点をすると、四方の空気がいとど収斂性《しゅうれんせい》を加えてきて、夜更けに近いのか、夜明けが迫っているのか、ちょっとわからない気分が漂いました。
「がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵という奴があれなんでしょう」
と、ややあってお銀様が、机の上に片肱《かたひじ》を置いて言いましたが、竜之助の方では、とんと返事がない。お銀様は別段それを追究するでもなく、
「それはそうと、あいつの今の言葉で、わたしの父親が、この近いところに来ているということをお聞きになりましたか」
「聞いた」
「そうして、わたしの父親から、その脇差をもらって来たとか言って、それを仔細らしく、わたしのところへ押売りに来たと言っておりましたねえ」
「その通り――」
「さあ、それが本当だとすると、わたしはどのみち父
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