多分、先日の日、長浜の町の会所の附近に於て、宇治山田の米友の目に触れたあれであります。
 それならば、「胆吹の巻」の十八回のところにある――

 長浜の会所へ、両替の使に用心棒としてついて来た宇治山田の米友は、会所の前に暫《しばら》く待っていたが――そこに高札場があって、いくつもの札のかけてあるのを見つけました。その高札を片っ端から読んでみますと、その真中のいちばん大きいのに、次の如く書いてありました。
[#ここから1字下げ]
   「定
何事によらず、よろしからざることに、百姓大勢申合せ候を、とたう[#「とたう」に傍点]ととなへ、とたうして、しひて願事企てるをがうそ[#「がうそ」に傍点]と言ひ、あるひは申合せ村方立退候をてうさん[#「てうさん」に傍点]と申し、他村にかぎらず、早々其筋の役所に申出づべし、御褒美として、
 とたうの訴人  銀百枚
 がうその訴人  同断
 てうさんの訴人 同断
右之通下され、その品により帯刀苗字も御免あるべき間、たとひ一旦同類になるとも発言いたし候ものの名前申出づるにおいては、その科《とが》をゆるされ、御褒美下さるべし。
 一、右類訴いたすものなく、村々騒立ち候節、村内のものを差押へ、とたうにくははらせず一人もさしいださざる村方これあらば、村役人にても、百姓にても、重にとりしづめ候ものは、御はうび下され、帯刀苗字御免、さしつづきしづめ候ものどもこれあらば、それぞれ御褒美下しおかるべきもの也。
  年 月 日[#地から2字上げ]奉行」
[#ここで字下げ終わり]
 それを読んでしまった米友が、高札の表を横目に睨《にら》んで、
「ははあ、一味ととうしちゃいけねえってえんだな、申合せをして村方を立退くのもよくねえてえんだな、それを訴人しろてえんだなあ、訴人した奴には銀百枚を御褒美として下しおかれようてえんだな、なおその上に、次第によっちゃ苗字帯刀も御免あろうてえんだな……一味ととうして乱暴を働くのが悪いのはわかり切ってるが――苦しくって堪らねえから、村をちょうさんして、どこぞへ落ちのびて行くのも罪になるんだ、いてもわるし、動いても悪し、立って退けばまた悪い、百姓というものは浮む瀬がねえ」
と言って彼は浩歎したのであったが、思いきや、そこで、その悪逆なる罪名を自分が蒙《こうむ》って、ちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]の罪を着せられて、「晒《さ
前へ 次へ
全183ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング