兵助が、
「ここが仙人辻というところです、一休みやらかして行きましょうかね」
「それがようござんしょう」
 ちょうど、この草原には、二人が相対して休み頃な石ころがある。それへ腰をかけて、二人とも同時に煙草《たばこ》を取り出しましたが、燧《ひうち》を切るのは七兵衛の方が早く、
「さあ、おつけなさい」
「これはこれは、どうも」
 七兵衛の接待心を兵助は有難く受取って、二人が仲よく一ぷく燻《くゆ》らしたかと思うと、兵助は草鞋のかかとで吸殻をはたき、
「時に、七兵衛さん」
「何です、兵助さん」
「物は相談だがね」
「ずいぶん……」
「どうでしょう、わしゃ、つくづく、この山路を歩きながら考えたんですがね」
「はい、わしもなんだか、考えさせられちゃいました」
「わしの考えというのはね、わしも、お前さんも、もうこの辺が見切り時じゃねえかと、こう考えたんだがね」
「そうして、これから、どうしようとおっしゃるんですかね」
「わしゃ、これから、釜石道のわかり易《やす》いところまで案内しといて、それから仙台の牢の内へ帰らなけりゃならねえ」
「御尤《ごもっと》もです」
「仙台の御牢内へ帰るんですが、ほかの罪人と違って、わしゃ仏扱いをされるくらいなんだから、そのうちお赦《ゆる》しが出るにきまっているんだね」
「そりゃ、結構なお話です」
「悪いことという悪いことをしていながら、仏の異名《いみょう》を受けて命冥加《いのちみょうが》にありつき、こうして四十の坂を越しても、ともかく、ぴんぴんとして今日が送れるというのは、おやじが仏師で徳人《とくにん》であったその報いなんだと世間が言ってくれていますがな、親爺《おやじ》は徳人であったか知らねえが、わしはもう悪い奴さ、餓鬼の時分から悪い方へ悪い方へばっかり、のしちまいやがって、人間というやつぁ、なまじい何か取柄があるとかえっていけねえ、餓鬼のうちから小力《こぢから》があって、身が軽い、それから柄になく武芸が好きで、好きこそ物の上手というやつで、あたり近所に敵がいねえものだから、つい増長して、親爺の隠徳にすっかり泥を塗ってしまいやした」
「そのこと、そのこと」
と七兵衛は景気よくあいづちを打って、
「わしも御同様さま、餓鬼の時分から悪知恵が人並に生れ増したところへ、この足のはやいというやつが全く魔物でしてね、これをいい方へつかって、飛脚屋渡世でもして納まっ
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