、人質を取上げの、あとは呼子の笛で、者共逃すな、なんて段取りじゃあるめえか」
「御冗談をおっしゃい、いかに何でも仙台の仏兵助といわれる男が、男ずくの対談に、そんな卑怯な手は用いられねえよ」
「じゃあ、親分、この娘っ子を放せば、わしがところを一番、きれいに見逃しておくんなさるか」
「御念には及ばねえ、かわいそうに、罪もねえ女の子を、永くそうしているうちにゃあ、手を下さねえでも死んじまわあな、今のうちに放してやってくんな、お前さんの身上は、わしが請合うよ。いや、請合うまでのことはねえのだ、仙台の方でも、今じゃあ表向、お前さんの罪を問わねえことになっていて、兵助、お前行ってそっと逃がしてやれ、こういう風向きになっているのを、お前は知るめえ」
「知らねえな、そんな旨い話になってるなら有難いんだが、出来心とは言いながら、お家の宝蔵に手をかけたこの七兵衛だ、お前さんも捕まえなければ男が立つめえし、つかまった以上は首をとらなければお役向も面《かお》が立つめえ。こっちにしてみると、行きがけの出来心で、ほんの手慰み半分にやった仕事のしくじりで、奥州外ヶ浜へ来て年貢を納めるなあ、ちっと残念だ。それにしても、死ぬんなら死ぬように、一応挨拶して置きてえところもあって、未練なようだが、今は命が惜しいから、それでこんなにもジタバタしてみるまでのことさ。万一、ここんところ暫くこの首がつなげるものなら、なにもこんな罪な真似をしなくとものことだ。兵助さん、お前の言うことが真実《ほんとう》なら、何か手証《てしょう》を見せておくんなさるめえか」
「そのことだ、正面を切って辞儀をし合うのは、今日はじめてのお前さんに、さし当り、手証といっては何事もねえが、ことわけだけは一遍ここで話してお聞かせしよう。そもそもお前さんという人を、宝蔵破りの大罪人と追いかけてみたのは、当座のこと、今はお前という人が、駒井能登守様の身内だと聞いて、それから扱いが変ったのだ。駒井能登守様は何か仙台のお家と浅からぬ因縁がおありなさるそうだ、で、そっちの方からお前の身性《みじょう》がわかってみると、お前のした仕事も身の慾得じゃねえ、立派な書き物を、見たがっている人に見せてやりてえという親切気から出たことであってみると、しばらく罪を問わねえことにしろ、との上方からの意見なんだ」
七十九
「なるほど――」
そこで七
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