る者がありません。
七十七
こういう人質の手段は、あえて新しい手法ということはないが、こういう場合に、こういう手口で用いられると、いくら多勢であるからといって、ちょっとは手も足も、口も出すことができないのです。
しかし、一度は度を失うてなさん様を知らなかった人だかりも、いつまでもこうして馬鹿な顔をして、当面の芝居ばかりを見せつけられていられるわけのものではありません。
ことに、七兵衛を追いつめて来た水瓜頭の五六は、御用だ! と言った名目の手前、永く猶予するわけにはゆかない。犠牲の如何《いかん》にかかわらず、するだけのことはしなければならない。
そこで、咄嗟《とっさ》に身仕度をして、隠すあたりの部分をかくして置いて、おいきた、と飛びかかろうとした時に、団体客の同勢が、それに折りかぶさるように押しふさがりました。
「まあ、お待ち下さいまし、あなた方がお向いなさると、あの子が身代りに殺されてしまいます」
「あの子を殺させては村方へ、わしどもが申しわけがございませぬ、わしたちみんな連れ合うて、機嫌よく出て来たものが、あの子一人を見殺しにして帰れますか」
「あの子の親たちにあわす面《かお》がない」
「罪もないあの子が不憫《ふびん》でございます、お助け下さいませ、あれ、あのように、こちらが向いますと、手拭でグッと締めます、締め殺されてしまいます」
「どうかして、あの子をお助け下さいませ」
「きよちゃん、辛抱してな、わしたちがあんた一人を殺させやせんがな」
「お役人様、お助け下さい」
村の団体客が身を以て、捕方の行く手に押しかぶさるものですから、捕方もこれをもてあまさざるを得ない。
といって、あれをあのまま手を束《つか》ねて見ているわけにはゆかない。その呼吸を見はからって、七兵衛は、手拭を締めたり緩《ゆる》めたりして見せる。七兵衛がそんな芝居をしているかどうかは知れないが、見ている者にはそうとしか見えない。捕手が意気込む時には、手拭を持つ七兵衛の拳《こぶし》が緊張し、捕手がひるむ[#「ひるむ」に傍点]時には、七兵衛の手先も緩むかのように見える。
たまりかねた娘っ子の身うちは、こちらから手を合わせて七兵衛の方を拝み、
「どうぞ、お泥棒様、その娘をお殺し下さいませんように」
「お金で済みますことならば、村方申し合わせて、いくらでもお金を集めて差上げ
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