がよい、この御連中も泊るとすれば、あの小屋の中へ雑魚寝《ざこね》と来るだろうが、次第によっては今晩ひとつ、雑魚の魚交《ととまじ》りというお裾分けにあずかって、その間に、地理上の心得万端を聞いて置くことだ――
この場合、七兵衛は、思いもかけずいい気なものになってしまい、いささか有頂天《うちょうてん》の気分にされているうちに、この一団にこのままで芸尽しがはじまりました。
七十三
その芸づくしを七兵衛が聞いていると、お里丸出しの元気なのもあったり、或いは思いもつかない古雅な調子が交ったり、古い昔、江戸から流行《はや》り出して来たものが、相当新しい気分で復活して来たり、七兵衛にはまるっきりわからないのや、わかるのや、こんがらかっているが、いずれも聞いていて、異郷情味の面白からぬのはない。
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すでに夜も明け方になりしかば、武蔵坊弁慶は居たところへずんと立ち、いつも好む褐《かちん》の直垂《ひたたれ》、水に鴛《をしどり》の脇楯《わきだて》し、三引両《みつひきりやう》の弓籠手《ゆごて》さし……
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と、お能の謡《うたい》に似て、あれより勇健質朴な調子も出て来る。そうかと思うと、
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よいはさつさ――天《あめ》の岩戸も押開く、神の社に松すゑて、すは三尺の剣《つるぎ》をぬいて、神代《かみよ》すすめて獅子《しし》をどり……
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御自慢の獅子舞をここへ持ち込むものもある。飛び離れたのは、
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敬《うやま》つて申し奉る、笛による音《ね》の秋の鹿、つまゆゑ身をばこがすなる、五人女の三の筆、色もかはりて江戸桜、盛りの色を散らしたる、八百屋《やほや》の娘お七こそ、恋路の闇のくらがりに、よしなき事をし出《いだ》して、代官所へ申し上げ、すぐにお前へ引き出す……
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と、江戸前のところを一席|唸《うな》り出して、やんやの喝采《かっさい》を受ける者もあると、一方から負けない気になって、
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コレお半、ここは三条|愛宕道《あたごみち》、露の命の置所《おきどころ》、草葉の上と思へども、義理にしがらむこの世から、刃《やいば》でも死なれぬ故、淵川へ身を沈めるがせめても言訳《いひわけ》、あとに残せしわが書置、さぞ今頃は女房が……
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