、本人自発のいい気持で歌わせると、ペラペラと外へ出してしまう。その点もあるから、白雲は舌を捲きながら、その即興を乱さないようにしていると、つづいて散文から詩となり、でたらめが即ち知識となって続々飛び出して来ます――
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マルコポーロの
旅日記というのを
見ると
やっぱり多数の男が
一人の細君を共有しているところが
多いそうです
一人の女が
多くの夫を持つという習わしは
たいていは
その国の女が少ないか
そうでなければ
地味の痩《や》せた
生活が苦しい国にあるそうで
その必要に迫られて
そうなるのだそうです
ですから
この国の風習を以て
直ちにかの国の風習を
不道徳なり
非文明なり
非人道なり
野蛮なり
ときめることは当りません
土地と
人口と
歴史と
習慣とがさせる業で……
[#ここで字下げ終わり]
いよいよ出でて、何というコマシャクレた言い方であろう。白雲は化け物の歌を聞いているような妖味にさえ襲われて、なお黙って聞いていると、急に散文朗読体が、演説口調に変って、
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さて皆さん
これを現在
わたしたちが
一王国となして
乗込んでいる
この無名丸の社会と
引きくらべてみたら
どうでしょう
実際問題ですよ
御承知の通り
この船には
男が多くて女が少ないです
男は美男子の駒井船長をはじめ
豪傑の田山白雲先生
豪傑の卵の柳田平治君
だらしのないマドロス君
房州から来た船頭の松吉さん
同じく清八さん
同じく九一さん
月ノ浦から乗込んだ平太郎大工さん
同じく松兵衛さん
漁師の徳蔵さん
それから、今はいないが、いつかこの船に帰って来るはずの
何の商売だかわからない七兵衛おやじ
それに、若君の登さん
つんぼの金椎君《キンツイくん》
さて、しんがりに
かく申す清澄の茂太郎も
これで男の端くれなんです
かく数えてみますると
この無名丸の中には
男と名のつく者が
都合十三人
それなのに女というものは
登さんのばあやさん
お松さん
それからもゆるさん
その三人きりなんです
十三人の男に
三人の女――
もし駒井船長が
理想の、人のいない島を求めて
そこに一王国を作るとしたら
いま申す
世界のドコかの国と同じような
女が不足の国になります
そうなりますと
女を奪い合わない限り
その割りふりがむずかしい
実際こんなむずかしいことはない
マドロス君だけ
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