んぼで、めくら
いくら拝んでも
聞きゃしない――
[#ここで字下げ終わり]
これは無意味なるイントロダクションに過ぎない――
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ハウイットの説によると
オーストラリヤ内地の土人は
できるだけ多数の妻を娶《めと》るが
これはただ性慾関係ばかりでなく
生活の必要から来ている
なぜといえば
夫は独身の青年に
己《おの》が妻を貸し与え
そうして報酬を取って
己が財産を殖やすことを
するからである
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それを田山白雲が聞き咎《とが》めて、
「茂、何だ、それは」
「わかりません」
と言って、箒を扱いながら、箒の方はお留守になり、
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ヴォルテールや
シオペンハウエルや
その他の多くの学者の
説によると
多妻を好むのは
人類の本能である
そうです
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と、演説口調になったかと思うと、急に会話体に砕けて来て、
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いや、人類ばかりじゃないです
若い牡鹿《おじか》は自分の力で
できる限り多くの雌を
手に入れるまで闘い
他に自分よりも有力な
敵が現われて来るまで
その多数の雌を
独占しているのだそうです
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こう言ったかと思うと、また言葉をひるがえして、一種の高調となり、
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モハメットは
十一人の妻を持っておりました
彼は最もはじめに、富める主家の後家さんに
愛され且つ愛しました
その後家さんは
モハメットよりも年上で
モハメットは彼女の雇男で
彼女のために駱駝《らくだ》を
逐《お》っておりました
その女主人の名を
ハデジャと申しました
とても二人は愛し合ったのです
女主人と雇男とが
ですから
その女主人と愛し合っているうちは
モハメットは
決して他の女をば見立てませんでした
本来
モハメットは、若い時分は
身体《からだ》が丈夫で
そうして品行が正しかったのです
女主人と愛し合ってからも
その女主人が存命中は
決してほかの女を愛しませんでした
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白雲は呆気《あっけ》に取られて、それを見ていたが、調子の隙《すき》を見て、
「茂、そんなことをどこで覚えた」
「駒井先生の机の上に書いてありました」
「え――」
白雲は呆《あき》れながらも、駒井がこのごろ研究の結果をノートしている、それを早くも隙見をしたか、或いは
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