於ける隠然たる大きな力をごらんになりましたか」
「なるほど」
新興町人勢力の怖るべきことをまず説き出したのは青嵐居士《せいらんこじ》で、それに深くもあいづちを打ったのは不破の関守氏でありました。
「江州へ来て、江州商人の勤勉ぶりを実見し、その江戸大阪へ及ぼすところの勢力を深く観察してみると、由々しきものはこの町人勢力です。農民をいじめることにかけては虎の如く勇敢であるさむらい[#「さむらい」に傍点]階級が、この町人階級に向って頭の上らないことは、一日の故ではありません、富の前には、武家の威力は憐れむべきほど貧弱であり、卑屈であるのです、その実例として……」
「いや、その辺は、拙者も大阪に少々住居をいたしたことがござる故に、多少の知識をもっているつもりです。蒲生君平《がもうくんぺい》も申しましたよ、『大阪の豪商ひとたび怒れば、天下の諸侯みな慄《ふる》え上がる』と蒲生君平も単なる尊王愛国の放浪狂ではありません、なかなか裏面に徹して、見るところはよく見ていますな」
「そうです、我々は、この兵と農との争いは、本来これは親子なんですから、それは存外早く解決すると見ていますよ。ひとり町人階級のものに至っては、これは全く性質が違います、彼等は兵を動かすたびに儲《もう》けます、農が汗水垂らして生産したものを、引っくるめて算盤《そろばん》一つで横領してしまいます、農と兵とは親子関係ですが、商に至っては、この両方の血を吸い、骨を削ることによって、身代を肥やして行くという種族なのです、その点にかけて大阪商人の魔力、まことに怖るべきです」
「大諸侯が、大阪町人の有力者に頭が上らない、大諸侯の家老が、大阪町人を上座に据えて、その前に平身低頭して借金を申し入れる――その醜劣なる光景を拙者も目《ま》のあたり実見いたしておりますよ」
四十
「実は我々も、前に申した通り、昨日までは農民に食わせてもらった遊民の一人でいながら、百姓を軽蔑する習慣の下に教育されて来ていたのですけれども、事実、百姓の難儀を見ると同情の念が起り、一揆の勃発があるにしてからが、憎もうとして憎めない場合が度々《たびたび》なのです。然《しか》るに町人の横暴に至っては……」
「全く同情ができません、容捨がなり兼ねるのです。表面はとにかく、実際に至ると、今は兵も農も共に苦しみつつあるのです、農民の苦しみは、現実
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