は、申すまでもなく杖をとどめた道庵先生であります。
さればこそ、道庵先生のハイキングコースは、ひとり旅ではありませんでした、連れがあったのです。しかもその連れは、若い娘の声で、おたがいに別れ別れに、路と森を隔てて通ってはいるが、その目的は相並び行くものでありました。
「ずいぶん、この辺にたくさんありますのよ、これごらんなさい」
先生の足を森の中へ煩《わずら》わすまでもなく、林の中から少女自身が姿を現わして、道庵先生の目の前へ出ました。
愛らしい少女だが、頭に手拭を姐《ねえ》さんかぶりしている、小脇に目籠《めかご》を抱えている、そうして道庵先生の方がきちんとした旅姿なのに、少女はちょっと草履《ぞうり》をつっかけただけの平常着《ふだんぎ》であることが、いささか釣合わないけれど、この少女がお雪ちゃんという娘であることは、ほぼ間違いがありません。
三十三
これによって見ると、道庵先生は正式に胆吹山のハイキングコースを通り、お雪ちゃんは、リュックサックを背負ったり、ロイド眼鏡をかけたりしないで、ほんの突っかけ草履の略装であることによって、二人が最後まで同行の覚悟でな
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