が物を言う。君、櫓《ろ》が押せるかね、押せるなら、ひとつこれで乗切ってくれ給え、あの鳴り物の音をたよりに――待ち給え、この舟がここに乗捨てられてある以上、ここから沼沿いに路があるだろう、その間道をひとつたずねて見給え」

         二十五

 そもそも、田山白雲のこのたびの北上の目的というものは、一石二鳥をも三鳥をも兼ねたものでありました。
 その一石は、いま現にほぼ証跡をつきとめ得たらしいところのマドロスと、兵部の娘を取押えんがためでありました。目下、松島湾の月ノ浦に碇泊しているところの駒井甚三郎創案建造の蒸気船、無名丸から脱走して来たところの駈落者《かけおちもの》なのであります。マドロスは生国の知れぬ外国からの漂着者であり、兵部の娘は素姓《すじょう》正しいものですけれども、いささか精神に異常を呈し、肉体に不検束を持っている女であります。この二人が最近、無名丸から脱走したのを取押えんことも、田山白雲の北上の一つの目的でありましたが、他のもう一つは、仙台城内の秘宝を覘《ねら》って、九分九厘のところで失敗した裏宿の七兵衛という、足のはやい不思議な怪賊の行方をたずねんがためでありま
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