ながら言うことには、騒ぐな、騒ぐな、どこまで逃げるということがあるものか、この一国のうちならば、海であろうと、川であろうと、ゆっくり探すことができるのだ、だが、そのうちに浮いて出て来るから、ともかくもひとまずこの船をさし止めろ、と言っているうちに、水面の一個所、水の色が紅くなったところがある、あそこへ船を差廻してみよと、鶴見から言われているうちに、そこへぽっかりと屍体が一つ浮いて出た、それを引き上げて見ると、右の武功者が、高股《たかもも》を切り落されて浮び出して来たのだった」
「やりましたね、鶴見先生」
「その男が水へ飛び込むと見て、鶴見が斬って刀を鞘《さや》に納めたのだが、その抜く手も、鞘に納めるところをも、誰も見たものはなかったそうだ……」
「そうでしょう、林崎甚助先生などにもさような逸話はありますね、私も師匠から承りました」
柳田平治が、つづいて何か相当の武術の応酬を試みようとしていた時分に、さきほどからむらむらしていた雲が月を隠してしまい、地上がにわかに暗くなりました。
二十三
月は隠れたけれども、本来は月の夜なのですから、天地は暗いといっても、闇の夜
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