なのであります。
青嵐の言うところでは、この静かな湖畔の町にも、何か殺気というようなものが漂っているそうだが、米友は実はその殺気をさがし求めて、こうして歩いているのだ。
といっても、青嵐のいわゆる殺気というやつと、米友がめざして歩いている殺気というやつとは、全然、その存在と名目を異にしているかも知れない。少なくとも、青嵐のいうところは、ある一定の発源地とか、対象とかいうものが存しているのではなく、民心の鬱結がおのずから相当の殺気というものを孕《はら》んで、禍機が不可思議の辺に潜んでいるらしい意味に聞えましたが、米友は、そんなような漠然たる妖気を見破らんがために歩いているのではない。彼のたずね求めんとするところには、おのずから一定の目当てがある。そのとらえんとする殺気は、凝って一つの物影として存している。
その物影とは何物ぞ。よく問題になる例の暴女王、お銀様の放漫を戒めんために出動したのか。それもそうであって、必ずしもそうではない。お銀様は放逸に、山を出て来たもののようだが、彼女は米友から制馭《せいぎょ》さるべき地位にある女ではない。かえって、米友が統制を受くべきほどの略と権とを持
前へ
次へ
全551ページ中532ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング